アート工房ミルトス 水口麿紀 maki mizuguchi ヒーリングアート アートセラピー

プロフィール of 水口麿紀 アート工房ミルトス

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1956年
大阪生まれ。小さいときから絵を描いたり物を作るのが好きだった。植物が好きで縁日で植木市を見るのも楽しみだった。
1983年  個展等で1年に1・2回アートの発表をはじめる。絵はもともと好きだし得意だったが、普通の絵を描くことが深い部分での思いに合わないように感じて、インスタレーションやオブジェを創り始める。アートにしか興味がなく、映画や芝居もアートのために見ていたような気がする。
1995年
西宮で阪神大震災にあう。奈良隼人族の村や金剛山のふもとの村に移り、川口さんの自然農を学ぶ。自給自足の大切さを感じ、お米を自然農で作ってみる。スピリチュアルなことや大いなる存在について考えすごす。エネルギーの針の治療をうける。体が動いたり、ヒーリングをしたり、祈りをしたり、自動書記のような現象が起こる。
1997年  ニューヨークでグループ展をする機会があり6ヶ月滞在する。その間にネイティブのホピ族の居住地でホームスティをさせてもらったり、セドナに滞在したり、スコットランドのフィドフォーンのコミュニティに行きワークを受けたりする。ホピの村で聖地の岩場で過ごすうちに、ネイティブの精霊たちが私の心の中に入り込んできたような気がする。そのころから頭ではなくこころから、母なる地球を慈しみたいという思いが起こってくる。フィドォフーンは食・エネルギーの自給自足ができていて、さまざまなワークやスピルチュアルなワークが体験できるコミュニィティである。何のために生きるのか自分のミッションについて考え始める。
2000年   住んでいるところの自然が壊され始めたため、自給自足ができ自然が残る水のきれいなところを求めて宮崎に移る。北郷町の河原谷の150年以上前の農家に住み、お米作りやアート活動を始める。昔ながらのコミュニティではなく、新しい形のコミュニティを創りたいと考える。
2002年   霧島の高千穂の峰、祈りの場である高千穂河原に、魂のルーツを感じ、高千穂の近くに引っ越しをする。以前から、地球全体を祈りや愛で、つつめるようなことができないかな、と思っていたが、アメリカのアフガン攻略が始まり、アーティストの立場から、県内外のアーティストに呼びかけて、愛と平和の祈り展を企画する。平和を求める人々が、多いのに気づく。
2003年   愛と平和のアート展、2回目を、アート仲間、何人かで企画する。
2005年   色鉛筆と水彩絵の具で自動書記的な絵を描き始める。
2006年   大阪で一人暮らしをしていた母を引き取り、一緒に暮らし始める。
2009年   水彩画の発表をはじめる。描いている水彩画のエネルギーが強く、細胞を活性化したり、治療効果がある、人生を好転させると何人かの方に言われる。エネルギーアートを皆さんに見て、感じていただくことで、心と体のエネルギーを高め、チャクラを開き、エネルギーヒーリングを行っているのではないかとおもう。一人一人が、本来の魂の輝きを取り戻していくことで、この地球も人も5次元に移行していけるのではないかと思う。全国でエネルギーアートの展覧会をしたいとおもう。
2011年 1月26日 霧島の新燃岳の噴火。
3月11日 福島の地震、原発事故。
3月16日 母、死去。
7月 原発は絶対に止めなくてはと思い、映画ミツバチの羽音と地球の回転の上映を企画する。
2013年 脱原発運動も大事だが、新しい暮らし方、システムを暮らしの中で実践していくことの大切さを感じる。コミュニティハウス、将来的には、いろんな人が集まるエコビレッジを創りたいと思う。地球と共存して行く暮らし方、食べ物やエネルギーの自給自足、自然食、体のこと、ヒーリング、そしてアートの創作を実践し、宿泊しながら、経験ができる場、又、たましいのこと、私たちが本来持っているエネルギーのことを、互いに学べる、コミュニティハウスをつくりたいと考える。魂が、本当に、願うことをしていきたいと思う。そして、愛し愛され、互いに、慈しみあい、助け合う関係を作っていきたい。そして、生きることを楽しみ、歓びにあふれて、アートを創りたいと思う。そうした中から、コミュニティハウスや、エコビレッチができれば良いと思う。













































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